平昌パラリンピック金!成田緑夢のプロフィールと障がいとは?

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本日パラリンピックのスノーボード男子で、成田緑夢選手が今大会日本の通算8個目となる金メダルを取得しました!

成田選手、本当におめでとうございます

成田選手の生い立ちは特別で、上にオリンピック選手である「成田童夢」さんと「今井メロ(旧姓:成田)」さんが居るスポーツ名門の一家でした。

なぜ彼だけがオリンピックではなくパラリンピックでの出場だったのでしょうか?

成田選手のプロフィールや成績、そして挫折と栄光を紹介していきたいと思います!

プロフィールとは?

naritagurimu

【生年月日】1994年2月1日
【年齢】24歳
【身長】172cm
【職業】アスリート
【所属】近畿医療専門学校

主な成績(2018年)

2018年

平昌2018パラリンピックスノーボードクロス(SBLL-2) 3位
平昌2018パラリンピック バンクドスラロームで(SBLL-2) 1位

 

2017年

フィンランド 2017年ワールドパラスノーボード・ワールドカップ スノーボードクロス 1位
平昌2017ワールドパラスノーボード・ワールドカップ(韓国)バンクドスラローム 1位
全国障がい者スノーボード選手権大会&サポーターズカップ スノーボードクロス 1位

引用:pyeongchang2018.com
ssu.co.jp

名前は「なりたぐりむ」と読みます。

今回の平昌パラリンピックのLL-2とは、ひざ下に下肢障害のあるクラスの事を指しています。

2017年からパラスノーボードで数々の好成績を収めており、今回の平昌パラリンピックでも1位となりました!

スノーボードだけではなくトランポリン、陸上も一流?

成田選手は家の教育方針でトランポリンも練習しており、トランポリンでも高校2年の時に高校の全国大会優勝し、オリンピックの日本代表選手の最終選考に残っていたそうです。

また2016年の大会ではスノーボードだけではなく、なんと陸上選手としても出場していたみたいです!

2016年からスノーボードと陸上競技の走り高跳びに挑戦。

同年の日本パラ陸上選手権において走り高跳び2位の成績を収め、さらにスノーボード競技では、

全国障害者選手権大会と障害者スノーボードのワールドカップで優勝を果たす。

引用:ssu.co.jp

スノーボードだけではなく、全体的にスポーツのセンスがずば抜けて高いことが分かりますね。

兄、成田童夢の引退の原因になっている?

まさに天才ともいえる成田選手ですが、その秀才ぶりを物語るエピソードで数年ぶりに気分転換に滑ったスノーボードオリンピックの金メダリストが使う大技を成功させた、というものがあります。

このできごとが兄「成田童夢」さんの引退のきっかけの一つにもなっているそうです。

本物の天才を目の前にしたら、誰でもきっと同じことを思うのかもしれませんね。

怪我の原因はトランポリン

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パラリンピックでも大活躍だった成田選手ですが、彼はもともと障がい者として生まれたわけではありませんでした。

スポーツ教育熱心な父「成田隆史」より、成田選手は物心つく前からスノーボードの教育を受けています。

緑夢さんは、父親が子どもたちのために作ったスノーボードチーム「夢くらぶ」で、童夢さん、メロさんと一緒に1歳からスノーボードを始めました。

大阪市の実家の屋上にはトランポリンがあり、空中での姿勢や感覚を磨くためにトランポリンを使っていました。

引用:withnews.jp

その成果もあって初出場した世界ジュニア選手権では優勝していますが、その翌月に練習で使っていたトランポリンで大怪我を負ってしまいます。

腓骨神経左膝麻痺とは?

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引用:withnews.jp

トランポリンの着地の失敗で左足を折る大怪我を負ってしまい、その惨状から医者に足を切断する可能性があると告げられてしまいます。

その後、足の切断までは至らなかったものの、左足の感覚が全く無くなる「腓骨神経左膝麻痺」が障がいとして残ってしまいました。

腓骨神経左膝麻痺とは、腓骨神経麻痺の一つです。

下腿の外側から足背ならびに第5趾を除いた足趾背側にかけて感覚が障害され、しびれたり触った感じが鈍くなります。

足首(足関節)と足指(趾)が背屈で出来なくなり、下垂足(drop foot)になります。

※下垂足……足関節や足指の背屈(甲の側へ曲げること)が弱い、もしくはできなくなる麻痺の事

引用:joa.or.jp

成田選手はこの事故での麻痺がきっかけで足が動かなくなってしまいます

しかし、懸命なリハビリと周りの応援もあり2016年からパラスポーツ選手として復帰することができました。

復帰のきっかけはスポーツ教育熱心な父親の無理強いだったそうですね。

事故を機に親子関係が改善

父親の成田隆史さんはスポーツ教育の為にあらゆるものを犠牲にしている方で、練習のためにテスト期間以外は学校へ行かせない等の行き過ぎたスポーツ教育で批判を浴びていたりします。

兄である成田童夢さんの声優になる夢をないがしろにしていたり、一切歯向かうことが許されない環境など子供達にとって大きなストレスになっていたのではないでしょうか。

そんな親子関係ですが、怪我をきっかけに上下関係等ではなく普通の関係となったことが記されています。

「少し前の成田家は、結果がすべてでした。

でも、僕がけがをして、昔はどんなにいい成績をとっても褒めてくれなかった父が、今は『頑張ってるな』と言ってくれるようになったんです。

それがうれしいんです。

スポーツをする意味を僕なりに考えるようになって、かつての父の行きすぎたところも理解できるようになった。

いまはお互いに良き理解者で、やっと普通の親子関係になってきたと思います」

引用:withnews.jp

怪我の痛みが引かない内からスキー場に連れていったそうです。

ですが、その姿勢に多くの障がい者の方が勇気づけられていたらしく、成田選手も同時に支えられながら克服していったみたいですね。

事故は成田選手にとって大きな絶望だったかもしれませんが、その事故を克服したからこそスポーツでも家族関係でも最高の結果を出すことができたのではないか、と思っています!

まとめ

成田選手は事故を乗り越え、パラスポーツ選手としてのトップアスリートの道を歩んでいることでしょう。

事故でも夢を諦めずに努力した姿勢は私達に大きな勇気を与えてくれたことだと思います。

今後の更なる活躍を期待したいですね!

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